大丈夫=めんどくさいからの逃げ?
先日電車に乗っていてケガをしました。
降りようと座席から立ちあがり。
出口に向かった瞬間。
頭上から黒い物体が落下し、
足の甲に激突。
靴下なしの生足。
空いた席に座ろうとした前の人が、
あわてて網棚からおろしたカバンから、
スマホが飛び出してきたのでした。
思わずしゃがみこむ位の痛み。
その人は、
床からスマホを拾い、
周りの雰囲気から、
それがわたくしに当たったと察したようで、
あ、大丈夫ですか~?
とおっしゃる。
わたくしは、
早くおりなきゃ!
と、
痛いなもう!
と、
何これという突然の出来事への衝撃とで、
一瞬フリーズしかけましたが。
とにかくその場から離れることを優先し、
その方のお顔も見ずに、
大丈夫です。
と一言発してから、
すぐ下車しました。
下車してから、
あまりに痛くてしばらく歩けず。
出血なくとも、
どんどん腫れ、
スマホの角の跡が、
クッキリついているのを見て。
(全然、大丈夫じゃないよね)
と思いました。
大丈夫大丈夫と無理に言い聞かせるではなくて。
大丈夫じゃないと感じた本音を、
認めました(笑)
結果として、
2週間経っても腫れて痛いので、
レントゲンをとり、
幸い、打撲と判明しましたが。
大丈夫じゃないのに、
大丈夫です、と言ったのは何でかなあ?
と振り返りました。
一言で言うと、
大丈夫じゃないと言うとめんどくさい。
と思ったんですね。
降り際ドアが閉まっちゃう。
大げさに騒いでいると思われたくない。
病院行って治療費云々のやりとりしたくない。
このあたりが一瞬で頭をかけめぐり、
いったーい!
という本音を凌駕しました。
大丈夫。
と言っておけば、
いまこの瞬間は、
めんどくさくない。
そうか。
こうやって人は、
自分の都合で本音を無視していくんだな。
と改めて気づきました。
本当に小さな体験ですが。
わたくしが、
目の前の人が、
発する、
「大丈夫」が、
本当に大丈夫なのか。
鋭敏に感じてみようと思いました。