碧宮レイラのスピシェアリング

「当たるのその先」幻想に気づいて本当の自分に覚醒するカードリーディングを提供する碧宮レイラのブログ。

挑戦したいとき。〜初めて自転車に乗れたときの感覚から

わたくしは、日常的な自転車ユーザーではないのですが、

観光地などでちょっと足をのばしたくなったとき、

お借りすることがあります。

久高島で島内を一周したり、

京都でちょっと徒歩だと遠いなーというご飯屋さんに行ったり。

 

そのたびに、

「あー自転車乗るの、いつぶりかなあ?」

「ちゃんと乗れるかしら?」

と思うのです。一応。

 

が、ちゃんと乗れるんですね。

まちがいなく。

 

ハンドル、ブレーキ、ペダル。

自転車に乗れるというのは、

これらを操作するということなのですが、

身体との一体感は、

久しぶりに乗ってみたことによって、

失われていないことに気づくことができます。

 

そして、同時に思い出します。

自転車に初めて乗れるようになるまでのことを。

 

藁のかごがついた、赤い自転車に乗りたくて。

誰かに自転車に乗るよう命令されたわけではなくて、

自転車に乗れるようになりたい。

赤い自転車に乗りたい。

と思って、近所の広場で父と練習をしました。

乗れるようになるかどうか、はあまり気にしていませんでしたね。


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いまだと動画で「乗り方」レクチャーもありますが、

当時は特にそういった理論理屈は伝授されておらず、

とにかく、後ろを支えてもらいながら、

ハンドルがぐにゃぐにゃ曲がるのを必死でコントロールしようとし、

ペダルをがむしゃらにこぎ、

支えの手が離れてはバランスを失い盛大に転ぶ。

を繰り返しました。

 

バランスが失われるときのあの浮遊感や、

ばんそうこうを貼ってもお風呂で沁みるかすり傷も、

こわかったり、不愉快だったりしたわけですが、

自転車に乗れるようになりたいの一心が、

そういった負の感情を、

無意識に当然乗り越えるものとして、

ぬぐいさっていました。

 

その日は突然やってきました。

〇月〇日までに自転車に乗れるようになる!

とか特に決めていたわけではありません。

 

いつも通り支えの手があることを確認し、

いつも通りにペダルをこぎだします。

支えの手がまだあることに、

一切の疑いをもたずに、

前を向き、

ハンドルに両手をかけ、ペダルをこぎます。

 

どれくらいの時間が経っていたのでしょうか。

1分かもしれないし、5分かもしれない。

もっとかもしれない。

 

「おいっ、乗れてるぞ!」

という父の声がきこえてきました。

その瞬間は、

「乗れた!」

という気持ちと、

支えの手が放れていることに気づいて「えっ!」とうろたえる気持ちと、

両方があって、

自走距離はさほど伸びないままバランスを失いましたが、

「乗れた」という感覚は残りました。

 

その感覚があるうちにと、

その日は何度も自転車に乗り、

「あーもう乗れるようになったね」

と自他ともに認めることができた。

あの日が自転車に初めて乗れた日、です。

 

あの日から、地球の時間軸としては、

とてつもない時間が経過しています。

でも何か新しいことを始めようとするとき、

すんなりといかなくて、

何がだめなのかよくわからなくて、

読んでいるノウハウ本が合わないのかなと思ったり、

逆にノウハウにこだわりすぎているのかなと考えたり、

色々と行ったり来たりするのは変わりません。

しかも、

何とか形になったな、

と思えたときには、

必ず自転車練習と同じポイントを押さえられているような気がします。

 

「とにかくやってみたいという純粋な気持ちがある。」

(自転車に乗れるようになって、お気に入りの赤い自転車に乗りたい)

 

「自分を支える手があり、かつ、それを信じている。安心している。」

(父が後ろを支えてくれている。)

 

「手や身体をとにかく動かしてみる。」

(とにかく自転車に乗ってみる)

 

この3つです。

ものすごく簡単で当たり前のことのようですよね。

 

例えば「自分を支ええる手」。

これはもちろん、自分自身の手でも、他人の手でもOKですよね。

自分自身の内なる守護様やガイド様と置き換えてもいいですし、

プロフェッショナルな存在に対価を払ってお願いすることでもOK。

とにかく信じていること、

安心していることが大切だと思うのですが、

みなさまはどうでしょうか?

 

「手や身体をとにかく動かしてみる」。

取扱説明書を読んで、そのとおりに手を動かして組み立ててみる、

でもいいですし、

取扱説明書苦手だから、

全体像だけ把握して試行錯誤して組み立ててみる、

でもどちらでもいいと思います。

とにかく、動かすこと。

動かすことでエネルギーがうまれます。

「運動」って運を動かす、とも言いますよね。

(最近は声にだすということがとても大事だと思っていますがそれはまたいずれ。)

 

「とにかくやってみたいという純粋な気持ち」。

いつのまにか誰かと比較して、

誰かのための「願い」になっていないか。

ここは、「願いごと」が叶わないとおっしゃる方に、

かなりよく見られるボタンの掛け違いだったりします。

もし思い当たることがあるようでしたら、

よく向き合ってみると目からウロコの気づきが得られるのかもしれません。 

 

ちょっと長くなりましたが、

ふと思い出した自転車に初めて乗れたときの感覚から、

何かにチャレンジしようとするとき、

わたくし自身が大切にしているシンプルな法則との共通点をシェアさせていただきました。

 「とにかくやってみたいという純粋な気持ちがある。」

「自分を支える手があり、かつ、それを信じている。安心している。」

「手や身体をとにかく動かしてみる。」

 

どなたかのお役に立ちますように。

 

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